▲▼▲ ③ ▲▼▲

 蛆虫のごとく這いずって、傷の手当をする。
 
 最後に唾を吐き掛けられ、荷物を放り出され、解放されたかと思いきや雨が降り出した。自宅に消毒液なんてものはなかったので、二十四時間営業の薬局に立ち寄って、消毒液の他に絆創膏とワセリンを購入する。電車があって良かった。バーは自宅から三駅程度だったので、最悪歩いて帰れる距離だが、あちこち痛む上に、雨の中、夜道をゆらゆら揺れて歩く痩せっぽちの男なんて、不気味極まる。
 今まで喧嘩なんてするような人生じゃなかった。いや、あれは喧嘩と呼べるんだろうか。一人を寄ってたかってボコボコにするのは、立派な傷害罪なんじゃないのか。
 うだうだと考えていたが、はじめに手を出したのは自分だったことを思い出す。右手を見ると、拳の出っ張ったところが赤くなっていた。殴るのも殴られるのも慣れていない。慣れないことは二度としないと心に決めた瞬間だった。
 どれくらいの時間もみ合ったのか、帰宅した時間もいつだったのかは覚えていないが、手当が終わったのは午前三時になる前だった。
 
 仰向けに転がると、安蛍光灯が目に入って眩しかった。疲れた。だが、爽快感はあった。
 言うだけ言ってやった、という気分だったが、騒ぎを起こしたので給料は振り込まれないかもしれない。相手はブラックかつ腐敗しきっている組織なのだ。他のバイトで穴埋めするしか無い。
 オーナーの連絡先は知っている。メール一本入れたら何か変わるかもしれない。しかし向こうは、俺の顔など覚えちゃいない。こんなことなら保険でも入ったら良いんだろうか。
 とりとめのない思考の渦にまどろんで、次に目覚めたのは午前八時だった。習慣というのは悲しいもので、どんなに遅い時間に眠ったとしても同じ時間に起床できてしまう。疲労は抜けていないが、今日も昼からコンビニバイトだ。
 起きてから改めて傷の有様を確認して、ぎょっとする羽目になった。
 ひどく腫れてはいないが、明らかに「喧嘩しました」と顔に書かれている。口の端は切れてるし、頬骨のあたりも痣になっていた。こんな顔でコンビニの仕事なんてできるんだろうか。
 念の為、店長に連絡を入れる。具合を心配しつつ、判断に迷うなら一度来てみてとメッセージが来たので、伊達メガネとマスクを装着して出向くことにした。
 
「わぁ、想像していたよりすごかった」
 到着するや否や、店長がのんびりとした声音でそう言った。口をあんぐりと開け、慌てた様子で駆け寄ってくる。
「ちょっと、もう一つのバイトの方で、色々あって……。すみません、こんな状態で……」
「いや、それよりも具合は大丈夫なの? 痛みは?」
「や、大丈夫ッす」
 真っ先に身を案じてもらえるとは思ってもおらず(そしてすぐに、この人はそういう人だったと思った)、「やめたんで、そこ」と照れ隠し半分に顔を伏せた。
「それで、その。顔こんなんで相談っていうのも、どうかと思うんですが……」
 傷の具合を確認して満足したのか、店長は再び椅子に座って、PCに向かう。動作の流れでシフト表のファイルを開いたので、察する能力の高さに少し驚いた。
「うん、シフトの件だよね。今まで結構はいってもらってたし、少し緩めになっても平気だよ」
 だが、判断は真逆だった。いや、常識的に考えれば、こんな状態なのだ。店長が思う方向で、本来正しい。
「あ、いや。逆なんです。増やしたくて」
 画面から顔を離して、驚いた様子でこちらを振り向いた。その次に顔に浮かんだのは、難色だった。
「うーん、無理はさせたくないしなぁ。どうして?」
「個人的な事情なんですけど、無くなったバイトの分、増やせられればありがたなと思いまして……」
 ああ、そういうことかぁ。そう呟いて、店長は回転式の椅子の上で足を浮かせてくるくるとした。どことなく仕草が幼稚でいるが、バーにいたお飾り店長の何倍も、物事を考えている反動なのかもしれない。
「実はね、新しい人を入れようかと思って。明後日に面接を予定しているんだ。だから今までよりも、逆にシフトが減っちゃうかも……と思っていて」
「あ、そうなんすね……」
 しばらくは怪我の様子を見ながらで、どう? と言われる。あまり店長に迷惑をかけたくない気持ちが湧いて、俺は曖昧に返事するだけになった。
 新しい人。店のことを考えれば確かにその方が良い。店長が働きづめなのは知っている。
 働くことによって、自分の時間に価値付けしていた俺は、この場で急激に肩身が狭くなる心地がした。
 せっかく来てくれたし、今日はお願いできる? との言葉に、はい、とだけ答えてマスクを付け直した。
 
「うわッ。どうしたんですか、それ」
「そんなにひどい?」
 レジに出ると、挨拶もそこそこに万津が慄いた顔をした。スポーツマンだったら(特に柔道なら)こんな怪我見慣れてるでしょ? とふざけて言ってみたが、イヤ、土屋さんそんなタイプじゃ無いっすよね、とマジに返された。万津らしくて笑ってしまう。口の端がピリピリと痛んだが、気に留めるほどでも無かった。
「昨日、本ッ当にありがとうございました。どうしても抜けられなくて、助かりました」
「いいよ、全然」
 これからちょっとの間は稼ぎたいから丁度良かった、とか何とか言って、先輩風を吹かせてみた。万津は何度もお礼を言ってくれたし、礼として飯でも奢ると言った。大したことじゃないって、と俺は断ったが、彼は引き下がらなかった。
「実は、開業するにはどうしても出ておかなきゃならないやつで、本当は飯くらいじゃ足りないんですけど」
「開業?」
 あれ、言ってませんでしたっけ。実は色々考えてるンすよ。そんな言葉のあとに出ていた内容に、俺は目を見開くことになる。
「専門出たあと、すぐに個人営業って訳には行かないんで、先輩の整骨院で働く予定なンすよ。で、四年制出たあとで開業しようかと思っていて。今はダブルスクールしながら資金少しでも貯めたいから、時間の融通聞かせてくれるここでなるべく働きつつ、その次は働きながら大学通してスポーツ関連強い所もぐりこんで人脈作って……、みたいな」
 頭を掻きながら夢を語る万津は輝いて見えた。同時に、俺と万津の間には海溝が横たわっていると知る。
「そ、か。頑張れよ。応援してる」
「いやだから! お礼したいんで! 飯、行きましょうって!」
 オウエンシテル。俺の本心だ。オレイシタインデ。万津も本心だ。けれど、今の俺は、こいつの横に立って呼吸するのも難しい。どういうわけか、激しく動揺していた。失望に──いや、落胆に近しい。簾の前髪とマスクで、表情を隠すことは出来たが手のひらに滲む汗の正体が掴めない。
 万津の生真面目さから考えたら、そうなる未来に違和感はない。こいつだけではない。七橋さんだって、進学した後の事を考えて行動している。先を見据えて今を歩める人間が、俺と同じ立場で、同じところに留まっているはずが無いのは明らかだというのに。
 来客がちらほらと続いたのも幸いして、万津との世間話はそれ以上続かなかった。
 
 ◆
 
 腹の底から怒りが湧いている間は、かえって生きる気力がある時だ。夜八時過ぎの国道沿いに、人気はあまり無い。歩きたい気分だったので、タバコに火をつけて、漫然と煙を吸う。見回りしてる警察官に見つかったら、ようやく禁煙に踏み出せるかもしれない。
 そう考えて、結局自分は他の人間頼みの、自立心が無いクズなのだと打ちのめされた。
 
 生活が苦しくても、耐えられた。身体が怠くても、耐えられた。周辺の人間に比べりゃまだ自分はマシだと思えていた。
 だと言うのにここに来て、心にあった野心めいた膨らみは劣化した風船みたく萎みはじめていた。遠くからやって来るトラックの音がゴオオォ──……ンとうねって、すぐさま真横を通り過ぎていく。同じ速度で、同じ音を立てて、遥か先へと向かっていった。
 まだ自分より先に行かないと思っていた奴に追い越されていく。この仕打ちめいた衝撃は何なのだろう。
 
 自分は周りよりデキる奴だった。でもそれは、どこに所属していて、どんな奴と比べてそう思った? 
 デキる奴なら友人の一人くらいいるはずだ。そうで無いのは、周りは自分よりクズだと決めつけて遠ざけていたからだ。本当にデキる奴なら、俺に憧れる群衆がいたはずた。
 そうではないから、俺は、デキる奴ではない。当然だ。フリーターで今だけを考えて、処理だけする日々に何の価値がある? 
 空気みたいで透明人間な自分は何にもなれやしない。羽根みたいに軽けりゃ良かった。肥大した自意識抱えて過剰になった心は剥き出しで、空なんて飛べるはずもない。誇大広告に騙された奴を嗤って何もしないで、減点されない人生なんざ死んでるのと変わりない。
 
 己の人生を振り替えざるを得なくなる。
 
 暴虐めいた保護者との生活から逃れて今に至るが、逆にこの今こそが、人生のピークなのではないか。可能性という、まやかしめいた不確実さだけが、己の器を満たしている。目減りしていけばそれだけ先細った未来が待っていて、点に到達してはじめて実感するのだろう。絶望的な状況に置かれる前に、手を打たねばならない。
 しかし、どうやって? 
 今更大学なんぞに通う気力はない。金も使いたくない。自分より二つも三つも年下の連中に混ざって勉学? 大卒という肩書きがあったとて、自分の能力にはなんら影響しないというのに? 散々見下し続けていたサークル漬けのクズどもに劣るなど、塵ほどにも思っちゃいない。しかし現実はそうだと断言しようとする。
 《立派でクズなフリーター》は世の中に掃いて捨てるほど居て、そいつらと自分の違いを探そうとしても、今やなにも見つけられない。俺自身、その辺にいるゴミである事実を突きつけられて身動ぎ一つできやしない。
 
 螺旋階段は同じところに帰って来る。
 
 死に続けているように生きる今が、人生の最高頂点だというのなら、今死ぬのが最良なのではないか。
 困る人も居ない。無くすものも無い。無敵人種は結局のところ底辺で最弱で塵屑だ。吹けば飛ぶような無価値の癖に、自分が他人と違うと信じて生きてて、それは誰かの養分になる以外に一体なんの意味がある? 
 
 沸々とした言語化出来なかったものが、明確に輪郭を持った。それと同時に、様々な疑問が予め答えを持って駆け巡る。
 
 冠婚葬祭は自分のために人が集まるイベントだ。結婚式くらいしか、自身が正確に記憶に残せないと断言するブライダル業界。確かに生まれた時のことや、七五三の出来事など覚えていない。葬式は自身が死んでいるから記憶できない。
 自分が結婚式を挙げるだなど、全く想像出来なかった。性欲そのものが薄く、恋愛感情にも疎い。他人に感ける暇などなかったからかもしれない。他人の温もりなど、求めてやしなかった。常に自分の事で手一杯で、日々をやり過ごすことしか考えていなかった。
 今死んだらどうなる。止めるものは居ない。
 若い時分である今なら、「俺はこういう人間だった」と表明できるのではないのか。いや、むしろ、死ぬ事でしか最早、自身のアイデンティティを表出する機会などないのではないか。老いて死んだとて、誰かの端末を鳴らす鬱陶しい通知にもなりやしない。
 
 死んだように生きるなら、今日が命日でも良いはずだ。
 
 目の前が拓けた気がした。自分の葬式に相応しい葬式にしよう。宗派なんてない。自分がそうして欲しいと願うものが全て詰め込める。
 
 俺は真っ先に、葬式にかかる費用を調べ始めた。
 
 ◆
 
 ぼんやりした空気は暑くもなく、寒くもない気候を生み出していた。薄っぺらい壁と、さして高くない天井に、夢の残り香が漂う。金色と青色の残像が見えて、目をこすった。夢の内容を思い出そうとしても端から砂のように解れていく。
 夢。何の夢だっただろう。屋上。高校のだろうか。漫然とした意識が覚醒するうち、全容は滑り落ちるようにして消えた。
 バーがクビになった上に、コンビニバイトのシフトも緩やかになることが予想されるので、新しいバイトを探さなければならなかった。目処はついている。カラオケのバイトだ。あの仕事には客引きの歩合制もある。上手くやれる自信はあった。早速面接を受けるべく、勤務地候補の店舗へ赴くアポを取った。
 
 目標金額を定めるべく、自身の葬式の理想を考えはじめた。
 普通の葬式ならば二百万あれば十分であるというのは昨日時点で分かっていた。今時点の預金から考えたら、二ヶ月死ぬ気で働けば、安心して死ねる額だ。
 しかし自分が実現したいのは、一般的な葬式ではない。なんせ死体と喪主が同一人物なのだ。場所から何から、全て自分で考えて用意しなければならない。寺院よりは教会がいい。しかし教会も馴染みがない。ならばいっそ式場か、と悩む内、ウィークリーマンションなんかで出来たら十分だと思い始めた。自分の最後、死ぬ場所が何の馴染みもない、普通の住まいというのはどうなのかとも思えたが、寺院にしろ教会にしろ、今の自分に馴染みが無いのは同じ事だ。それならば、自分が住んでいたいと思える小綺麗な住まいのほうが良いと思えたからだ。
 賃貸の類いの物件で死ぬなんて、自分の葬式という発想が無かった以前の俺なら「迷惑千万。一人でひっそりと死ね」と言って憚らなかっただろう。
 死んだ俺には関係がない。死んでしまえば関係がない。死体の入った棺を運び出して火葬してくれるサービスを受ければいい。処理さえ自分の手筈通りにすれば、大した問題ではない。どうせハウスクリーニングが入って死んだ俺が残した空気ごと、綺麗さっぱり除菌されるのだ。
 世間への「迷惑に対する温度」が、自身の中で急激に冷えていっている。それは何とも強い幸福感をもたらした。
 死ぬ為の装飾、清掃、迷惑料など考えたら、やはりもう少し金が要る。全ては自分の最期のためと考えれば、やる気も出てくる。夢も希望もなく生き続けるだけの生活とは違い、ハリが出来たように感じられた。
 
 玄関を開けると、新しい世界が広がっているかと錯覚するくらい、陽の光が輝いて見えた。
 
 ◆
 
 カラオケの面接はあっさり通って、三日後から来てくれと言われた。顔の傷は、日雇いの現場でできましたと嘘をついた。それでも受かったのは変わりない。バーの連中と五十歩百歩の人間だらけかもしれないが、短期間で稼げれば何でも良かった。
 夕方からコンビニバイトだが、それまで時間があつた。街中で葬式に使えそうな、飾り付けになりそうなものを探すことにする。
 葬式といえば、真っ先に思い浮かべるのは真っ白な花だった。安直な考えに従って花屋を探そうと決める。普段気にも留めない種類の店なので、最寄りの花屋など思いつかず、スマホで調べてみると案外遠い所にしか無いと分かった。
 どうせ時間はある。ナビに従って人混みへと溶けていった。
 
 昨晩降った雨が水溜りを作って、逆さまの景色が映り込む。気取った写真家くずれがよくやる、傘を置いて上下を入れ替えた構図が容易く出来そうだ。形式さえ真似てしまえば気安く再現できるものではダメだ。自分の全てを詰め込むのだから、誰が見ても衝撃を受けるものに仕上げなければ。そんな思いだけが先走る。
 道行く人々が身につけている物を、すれ違うたびに品定めしてみる。どこそこの新作、あれそれの限定品。特にこの街は若者の流行が集まると言われるだけあって、誰もが最先端であると主張する。自分自身が良いと思うものを選んでいるつもりで、結局のところ別の誰かに選ばされているだけだ。自由に、自分を飾るというのなら、装飾や衣服に数えられないものでも必要ならば選ぶべきだ。
 イミテイション、類似品、模造品。
 オリジナルになれなかった者の行き着く先は妥協に次ぐ妥協のミルフィーユ。そんなものを美味いと思って納得して死ぬのが最上だなんて、無知のままに居た者の末路だろう? 洒落ついてマルチクリエイターなんて呼べばそれで済む人生に似ている。
 俺には無駄なものは必要ない。グレイのパーカー、白いワイシャツやコットンカットソー、通年で着られるジャケット、モスグリーンのモッズコート、スキニーパンツのジーンズ、白一色のスニーカーがあれば何処でも行ける。稼ぎの中で許容できる上限の物を揃えておけば品質も問題ない。ブランドではなく目的で物事は選ばれるべきだ。それが真実であると信じて疑わない。疑いようもない。
 群衆によく馴染むものだとしても、選び抜いて選んだ格好だ。選択させられた連中とは違うのだ。だから俺はエンドロールへと急いでいる。スクランブル交差点から一歩踏み出した。
 
 ナビゲートされた先の見たこともない目的地は、結構な広さがあるところだった。百貨店の屋上にあるフラワーショップ。贈答用のものから野菜苗まで取り揃えているらしい。男一人でこういった店に来ると、きっと「彼女への贈り物ですか」なんて声を掛けられるだろう。なんとなく屈辱に思えて、近場に居た店員を呼び止めようとしたが、何に使う花だと言えば良いのか。
「なにかお探しですか?」
 そう思案しているうち、タイミング悪く向こうから声を掛けられた。簾の前髪でも、こちらの微妙な表情が覗いてしまったことだろう。
「死んだ友達に、贈る花を……」
 咄嗟に口をついたのは野暮ったい嘘だった。お悔やみを述べられてくすぐったい気持ちになる。これから死ぬ俺へのお悔やみを、俺が聞くだなんてなんだか変な話だ。
「そいつ、変な奴だったんです。妙にこだわりがあるというか、一般的な菊とかは好きじゃないと思うんで、何か無いかなと思って、とりあえず来た感じです」
 嘘はさらさらと流れていって、一応求めているものの概要を伝えることができた。
 店員はなるほど、と頷いて色々と提案してくれた。メインとする色から、季節の花を中心にまとめたもの、鉢植えなどなど。予算は一旦気にしない事にしたが、ピンとくるものが無かった。
「それなら、アーティフィシャルフラワーなんてどうですか? 自然では出せない色もあるし、枯れないのでずっと楽しめますよ」
 アーティフィシャルフラワー、という耳慣れない単語だったが、要は造花だった。急激に、自分の卑屈な部分を刺激される。
 どっかの誰かの劣化コピーにしかなれなかった自分を造花で彩る気にはならなかった。行き過ぎた贋作が真作を上回ることもあるだろう。そんなものは最早贋作ではなく先鋭化した終着地点、時にそれは芸術で、アートで、真髄を持つ。
 それこそがアーティフィシャルだ。繊細で頑丈で、泡沫にも天山にもなる個性を携えた不変の何かになるだろう。誰かになりすまして自分をアーティストなんて気取って勘違いする人生なんてゴメンだ。俺はそれにすらなれないのだから。
 とにかく、飾るのならば造花よりは生花が良い。ただそれでも死に向かい続けるという切り花を使うのは、美しい花々を、自分が死してまで浪費するということだ。今まで散々に湯水のように浪費した自分が最後までその行為をするのかという葛藤を自覚した。
 他に、プリザーブドフラワーに目をつけたが、辺りを山盛り飾り付けるだけで数十万、もしかしたら百万近くの金が吹き飛ぶ単価でめまいがした。目出度い日の贈り物になることがほとんどだと店員から説明を受けて、更に気分は遠ざかった。俺にとって葬式は、ある種目出度いがハレの日用のものに、日陰者の出立は気が引ける。
 あれこれと悩んでいたが、店の隅に追いやられたかのように陳列された品々が目に入る。
 金色に銀色に塗装された枝や葉、木の実らしきものだった。色合いがシンプルでありながら、高級感があっていやらしくない。
 
 直感的に、これだ、と思えた。
 
 店員に詳細を聞いてみると、フラワーアレンジメントのアクセントやインテリアとして活用されることが多いとの事だった。
 そう言えば子供の頃に、クリスマスツリーやリースに飾られた金色のマツボックリに目を奪われた。天辺に飾られたきらきら星なんかよりも、ずっと綺麗に思えたものだ。今にして思えば、星よりたやすく手が届くし、「触っても良いもの」に思えたからかもしれない。
 金属めかして塗装されたメタリックで毒々しい花々は、その先の華々しい人生の締めくくりとして、きっと幸先がいい。
 空気みたいに軽い人間も少しは、重みある人間にみえるだろう。
 
 目星が付いたことに満足して、詳細を決めてまた来ますと伝えると、店員は名刺を寄越してくれた。何か困ったことがあればと添えられた言葉は、給料分のサービスだとしても、気持ちの良いものだった。
 
 一度きりの華やかさを持ちたいならそれで良いかもしれない。葬儀はどうせ一度きりの人生の終着地。自分が観客になって嘲笑えれば少しは胸はすくだろう。