PHASE 2

 薄々、気付いていることがある。
 僕もこの子も、《エンボリッチ・フラクタ》にいる間、別世界にいる僕等は深い眠りについているのではないか、ということ。
 此処は決して、夢や幻ではない。確かなリアルがあるし、知覚する全てが真実だと囁いている。存在するものを知覚しているのではなく、知覚しているものが存在するのだとしたら、《エンボリッチ・フラクタ》は、正しく僕等の世界だ。
 肌触りの良い布の中で、この子と戯れ続けてどれ程になるだろう。柔らかな光に包まれて、互いを知覚し合う心地良さは病み付きになりそうだった。光に透ける布は、春の日差しに揺れる桜の花びら一枚ずつみたいで、それに包まると目覚めを待つ蛹になった気分だ。
 春の景色。そう言葉をふわりと浮かせて思い出すのは、桜と芝のコントラストだった。
「春って、何を思い出す?」
 僕は寝返りを打って、横向きに転がるその子に問い掛けてみる。姿はちょっとお姉さんみたいになって、声の調子や仕草は相変わらず僕が好きだと感じる魅力に溢れている。青味がかった白い肌、燻んだ金色の髪に柔らかな灰色の瞳。髪と同じ色をした長い睫毛が、その瞳を縁取っている。
 その子の表情が物憂げに揺れるのを、僕はじっと見ていた。
「好きじゃないの、春は」
 意外な台詞に「そうなの?」と返す。僕はその子の印象からして春が似合うので、きっと好きだろうと思っていたのだ。長い髪を暖かくて健やかな風に遊ばせて、妖精が春の神様かと見紛うくらい……、きっと、眩しい光景となるだろう。
「春は残酷よ。生まれたくなくても産み落して、起きろ、起きろって言うの」
 ある時は雪解け前に。ある時は雪深い時に。ある時はすっかり晴れ渡った時に。…………
 その子は覚えてる限り──358回も春に叩き起こされたこと──を話してくれた。面白おかしく、そして心底迷惑がったことを、同時に教えてくれた。
「僕は、春がそんなに意地悪だなんて知らなかった」
「私は、春がそんなに待ち望まれているだなんて知らなかったわ」
 うつ伏せの体勢で目を合わせて、手を取り合ってクスクスと笑う。瞳を覗き込むと、僕の姿がうっすらと見える。僕は、ほんの少しの違和感を覚えた。姿形が、どうやら記憶していた時から変わっているみたいだった。
 ふと、自分の手をみる。爪が桜貝みたいに丸くて柔らかくなっていて、薄いピンクに染まっていた。肌は陶器に似ている。自分の姿を確かめる素振りに気付いたからか、その子はクスリと笑って、
「今の姿も、私は好きよ」
 と言った。
 頭を触ると、いつからそうだったのか、髪の長さは随分と伸びていた。視界に映る鈍い灰色の髪は大きく波打っていて、布越しの光のせいで奥深くの森に流れる川を思い出させた。少し戸惑いもあったが、心が落ち着く色に感じる。僅かではあるが胸の膨らみがあり、太ももは果肉のように柔らかい。今までに感じたことのない姿は、次第に高揚をもたらしていった。
 その子は僕の長い髪を一房とって、口づけを落とす。青みのある肌に引き立てられた唇はずっと昔に見た飴細工みたいだった。
「私に似ていて、私は好きよ」
 ああ、と僕は呟く。
 同じであるということに対する安心感と、明確に違うという安堵感は両立するのだ。その子の手を取って、僕よりも更にすべらかな肌に頬擦りする。手首の内側が最もきめが細かいと、僕の頬は教えてくれた。
 薄い布の外で、何かが猛烈に燃えている。熱こそ伝わらないが、光の揺らぎは大きくなるばかりだ。夥しい蝶々の影が舞い、羽音が耳を撫ぜる。蝶が燃え、その灰から二つ、三つと蝶が増え、また燃えて……を繰り返す。
 ざわざわとする胸の奥に、窓が閉ざされていく気がした。この子が姿を変えて、此処の世界の全てを見ようとした時の、あの子が胸の中に居る。
「私、好きな景色がひとつだけあるわ」
 教えて、と僕は囁いた。この子を、その景色の中に連れて行かなければならないと思った。遠くで雷鳴が聞こえ、雨足が強くなっていく。
「思い返すのは、大昔に感じ取った真理のこと。物心を得た時に信じた事を、大人になるときに裏付けたくなるのかもね」
 そう言って、僕の耳のそばで情景を紡ぐ。薄布の向こう側で、作り変えられていく気配を感じた。本がページを抱えるように。部屋が家具を揃えるように。そうしたかったからそうしたもので、整っていく。
 その子が言う景色は、僕には上手く想像出来ないものだった。薄曇りの影が花を作り、混ざり合わない色の塊がつかながりあって、でも個であるから境界には影があり、空から見ると、手のひらに収まるモチーフになるらしい。
「遊んで待とう」
 そう言って、その子は薄布の海に泳ぎに出る。「待って」と手を伸ばしたが、柔らかな布の引き波は強く、水面の葉のごとく、僕だけ流されてしまう。
「私たち、互いに見失わなければ、ずっと此処に居られるの」
 僕の横で、その子の髪が気持ちよさそうに揺蕩う。縦糸だけのカーテンみたいに見えるそれを、手で梳きながら遡っていく。
 孤独の中でも存在出来ていた時は、この子が僕を見ていたからだ。では、この子はどうやって、誰に見られていたのだろう。僕も僕で、この子がいなくなった直後はどうやって……。
 一つの結論に行きついたが、その滑稽さに頬が崩れてしまう。それでも、説明する努力をするならば、…………

 この子でもなく、僕でもない、始まりの神が見ていたからだ。
 望むから、こんなにも、調和に満ちている。

 ◆ ◆ ◆

 辿り着くと、薄布の波は遠くの山や湖を覆う雪となった。開けた場所に広がる光景に、僕は言葉をなくす。
「春は好きじゃないけど、嫌いでものないの」
 身長の何倍もの長さになった髪を、器用に編んでまとめながら、その子はそう言った。僕は目の前の景色と、その子が言った言葉を繋いで、その美しさにため息をついた。
 花畑が広がっていると思ったが、足元を見ると少し違う。足元にはおはじきのような形をした、不完全な円が何枚も落ちていた。それらは基本的には単色で単純なものだったが、それらが持つ色が重なり合うと、何故か花をつけた背の低い花々に見えた。“白”や“橙”の花弁に見えるものと、青々とした“緑”の葉に見えるもの。花と葉は持っていないのに、何故かそう見える。
 一つずつ目に映るものを紐解いていくと、その輪郭を作り出しているのは繊細な影であると分かった。しかし周りには、切り絵みたいな影を作り出す物体は無い。目を凝らして空を見たら、薄い雲の一つが、何か意思を持ったように形を作っていると分かった。光が拡散して見えているのに、影は散る事なく地に落ちている。
 不完全な円にはそれぞれ厚みがあって、一枚ごとに大きさも形も違う。大体が手のひらと同じサイズで、歪な形がかえって調和を生んでいると思えた。触ってみると、つるりとして冷たく、そしてすぐに温まる。硬い素材で出来ているが、脆さも同時に感じた。
「これをね、冠にしたりして身に付けるのが好きなの」
 輪郭の実態を持たないので、花として摘むことができない。それでも手に取りたくなる美しさだった。その子は“緑”を拾い上げると、編んだ髪の毛で包むようにして飾り付けた。「せっかくだから、やってみて」と言われて挑戦してみたものの上手くいかなかった。結局、その子が丁寧に結んでくれた。
 僕の髪の毛を、大事そうにひとつに束ねて、編んで、丸めて、中世の高貴な人みたくまとめ上げた。真ん中に“白”を使って、まるで古くから受け継がれてきた手鏡やブローチみたいな見た目に整えてくれた。
「可愛い」
 柔らかく微笑んで、その子は僕の額に口付けをしてくれる。大きな祝福や加護を授かった気持ちになって、無性に泣けてきてしまう。僕はその子の髪に触れる。滝のように流れて、しなやかな木の枝みたく伸びる髪。荘厳な渓谷を思い描いた。
 どんなに近くても、どんなに知覚しても、僕が物それ自体に触れられない以上、完全に理解するのは難しいのかもしれない。それでも焦がれるくらいに、この子の髪や爪、まつげの一つ一つに心惹かれてしまうのだ。
「どうしたら、君そのものに触れられるのだろう」
 五官によって知覚して、二つの軸で捕捉して、十二の悟性で認識している以上、僕はこの子と一つになる事はない。それはずっと変わらない事だ。差異があることに安堵を覚えるのも、対象として相互に認識できるからこそで……つまりは、一定の距離がなければ互いの瞳に映り込むことさえ叶わない。
「簡単なことよ」その子はゆったりと告げる。「全部、超えちゃえばいいの」
 超える? と尋ねると、その子はそうよ、と応えた。
「私たちが経験したこともないような、……此処が無限で、同時に有限だって証明できるのと同じように、私たちもその中に入ればいいの」
「じゃあ、僕が君になることも、君が僕になることも、証明出来てしまう?」
「もちろん」
 その子は僕の前髪を梳かして、また僕にキスをしてくれた。花の影は静かに流れて、息づいているようだった。
「見えている物が私たちの思うことに従うのではなくて、物が私たちの思うことに従っていくの」
 それは此処では当たり前のことだった。何故か僕は、そんなこともすっかり忘れ掛けていた。声がしていたはずなのだ。ただただ「存在していたい」という盲目的ともいえる意志で、夢中になって、無宙になっていた。それは思い返してみれば、永遠の苦しみといっても良いだろう。
 だからこそ、僕等は僕等のアトミ──もしかしたら別の名前を付けるべきかもしれない──をもっと自由に扱わねばならない。自分が携える信念と声に従って自身の心を自由にしていかなければならないとも思った。
 僕とは何か。僕の姿とは何か。否定ではなく疑問を持つことが、まず僕の心を取り片付ける一歩になるのならば…………

 パキン、と音が鳴る。

 身に付けていた“白”が細かな円に分離して、僕の周りを漂った。まとまっていた髪は核を失って、弾けるように解ける。
 分離した“白のうち、一つを拾い上げて、その子の手の甲へ当てた。その子は、変化を受け入れるつもりらしかった。
 凍る時に鳴る水と、新たな骨が生える音と共に、一角獣の長い角がその子の額に現れる。長くて美しい髪はゆったりとした服に変わっていって、息を吹いた。服にならなかった所から蝶が飛び立ち、すぐに花畑に溶けていく。燻んだ金色の蝶は、はるか昔に職人によって作られた金細工みたいだった。なだらかな曲線を描く身体のラインは、少しずつ、だが確実に直線的になっていく。
「忘れてはダメよ」
 何を、と問おうとしたが、僕の唇を人差し指で押さえる。小さな子をあやすみたいに、柔らかく擦る。
「証明できるのと、実存できるのは、意味も理由も違うわ」
 耳の辺りまで短くなった髪は、ふわふわとした質感をもって、その子の頬をくすぐる。強い風にその子がさらわれていったかと思うと、僕の想像する僕が目の前に現れた。
「私が私であるように、君も君であるように……。私達には、此処でやらなければならないことがある」
 鈴のような声から、弦を弾くような声に。くっきりとした輪郭の瞳には力強さが宿り、僕よりもずっと逞しく見えた。もしかしたら、この姿は僕のものではなくて、この子が持つべきものだったのかもしれないと思うくらいに、“一致した姿”だ。
「──僕、は」
 声を出そうとして口を開いた瞬間、“緑”を舌の上に押し込まれた。少しの痺れを感じたのち、強烈な甘味が頭蓋を突き抜けて、背骨へと逃げていった。
 身体が熱を持ち、皮膚の下が膨れていく。ずんと重い怠さがのしかかり、肉が急激に熟れていく感覚がした。小さく分化した“緑”は体内だけではなく体外にも飛び散り、僕の周りでフレアを作り出す。その僅かな炎のうち、いくつかは癒着しあったかと思うと、僕の顳顬から捻れた角に姿を変えた。引きつるような痛みと胸部と溜まる熱に、声が詰まってしまう。
「ぁ──……、」
 地面が……丸平の色彩が剥がれ、山脈は崩れて、湖畔は潰れていった。切り絵みたいな影は色を濃くして膨れ上がり、辺りはグレイとオールドローズの闇い空間へと塗り潰されていった。
 奇妙だった。
 音は聞こえず、何かをその子が言っていることだけは分かる。互いに手を取り、互いの呼吸が鼻先を掠めるほど近い距離だというのに、何も聞こえない。気付けば背後には石造りの窓が現れ、その周辺に瓦礫が浮遊していた。ありとあらゆる構造が分解され、此処が再構築に取りかかったのだと察知した。
 僕等は再び、別れなければならない。身を裂かれる苦痛に耐える表情をしていたと思う。その子も。僕も。僕だと思っていた姿をしたその子と、その子だと思っていた姿をした僕は互いの声を聞こうと必死になって、また自分の声を伝えようと喉を開いた。掠れた呼吸すらも出ず、辺りは荒廃していく。
 しばらくそうしているうち、僕は鏡に向かって叫んでいると感じ始めた。

「また、会えるから!」

 声が出たと思うと、急激に身体から力が抜けていく。喉は痛いくらい渇いていて、手足に熱を感じなかった。我に帰るように覚醒すると、僕は今、何処にいるのかが、だんだんと分からなくなっていった。
「此処は、此処は、分かってる。あの子が居るところ、あの子と居るところ……」
 狂人みたいに独り言を呟き続ける。目の前には僕が映っている。《此処》のことは分かっている。だというのに、美しい景色の記憶は剥がれ落ちていく。最後に見えた窓の外、瓦礫だらけの赤みがかった空間だった。
「また会える、此処は、此処なら、何だって叶えられる……!」
 発している声は嗄れていて、ひどい声だった。目の前の鏡が無ければ、自分は枯れ木の老人であると思い込むくらいには、……地底から蘇った死人みたいな声だとも言える。
 混乱している自覚が肌の下を這いずり回っている。またあの子と別れてしまった。けれど問題ない。問題ないはずだ。此処は、楽園なのだから。楽園だから、何でも叶えられる。羚羊(かもしか)の脚に蝶の羽、イモリの手を持っていれば、…………
 そこまで考えて、「此処はどこだっただろうか」と考える。

 真っ白な壁に、ところどころ煤けた様な汚れがある。引っ掻いた跡なのか、細い傷が幾つも付いている。鉄格子の嵌められた小さな窓からは鈍く光が差し込むだけで温もりは無く、質素で味気のない部屋……というよりも、何もなさすぎる部屋だった。
 眺めながら、呼吸を整える。そのうちに喉の痛みを和らげるならば水を飲めばいいという考えに至り、蛇口を捻ったが何も出ない。一度欲してしまえば我慢が出来ず、そこら中の壁を叩いて助けを求めた。
「だれか、だれか! 水を……!」
 しばらくそうしていると、壁の一部に取り付けられたポストのような跳ね口から物音がした。この部屋の外に繋がる唯一の空け口だった。ゴトン、と音を立てて弾む。足下に転がってきたのは、中身の入ったペットボトルで、見慣れないラベルが貼られてある。
 急いでそれを拾って貪るように飲んだ。
 この飲み物はどこから来たのか、誰がこれを運んできたのか、誰かが監視しているのか、この部屋は一体何なのか、跳ね口の外はどうなっているのか、……そういった疑問は水を全て飲み切ってから浮かんできた。
 例えば、の話。
 あの子と二人だけの世界ではない、別世界に居るのなら。あの世界の僕は、きっと途切れている最中なのだろう。
 しかしそれでも、何処に居てもあの子に会えるというのなら。この世界にもあの子は居て、ならば僕がすることは変わりないはずだ。
 この部屋から出なければ始まらない。外に通じそうな扉はなく、先程水が出てきたポストらしきものが外部と接触出来そうなところだった。
「出してくれませんか。誰かいませんか」
 最後に聞いたあの子の声に似ている。潤った喉から出たのは、ハリのある声音だった。声だけなら、身なりの整った紳士が放つ、落ち着きある様相を想像すると思う。跳ね口をわずかに浮かせて、何度か呼びかけると、人の影が前に立った。
「起きられましたか」
 少年か、はたまた若い女性か、どちらにしても歳若い声がした。差別や侮蔑などは含まれていないが、かと言って親しみも込められていない、極めて事務的な声音だった。
「出していただけませんか」
「すぐには難しいですが、あなたの状態によっては普通病棟へ移る為の申請を出します」
 普通病棟。耳に入った単語は思いがけないもので、僕は少し面食らうこととなった。この部屋は病室であり、しかも単語から察するに普通ではない病棟に居るということだ。
「お願いします。なるべく早く出たいのです」
「私だけの判断ではありませんが、状態によっては可能です。いくつかの質問に答えていただけますか」
 どうやら僕は試されるらしい。普通病棟に移るだけの水準があるのだろう。
「では。なぜこの部屋に居るか、覚えていますか」
 全く覚えていない。しかし正直に答えれば出してもらえるはずがない。あの子に会う為なら、芝居にもならない芝居を振る舞うことは容易なことだ。
「鮮明には覚えておりません。しかし、ひどく取り乱したことは覚えています」
 ふむ、と軽く頷く様な息と、何かを書く音が聞こえる。状況を推察するに、チェックリストなどで確認されているのだろう。
「次に。どれほどの間、この部屋に居たか覚えていますか」
 あの子の居た世界では、時間の概念があまりなかった。だが、この世界は厳密な時間がある。耳を澄ますと、一定間隔で刻む秒針の音が聞こえる。
「……正確には、分かりません。三日ほどかもしれませんし、一週間ほどかもしれません。ひどく取り乱していたので、曖昧です」
 再び、息と書く音がする。跳ね口から得られる情報を全て拾おうと、僕は躍起になっていた。秒針の間と間に横たわる緊張感は、額に汗を滲ませた。
「では最後に。あなたの名前は分かりますか」
 血の気が引く思いをした。身体の熱が無くなるほどに冷え、同時に胸だけに熱が集まる。速くなる鼓動が秒針を狂わせてしまい、質問をされてからどれほどの沈黙があったのか分からなくなってしまった。
 かと言って焦ってはいけない。この声は武器だ。信頼を得やすい音をしている。慌てずに子音と母音を組み合わせて発音すれば、問題はないはずだ。
「×××××××、です」
 自分では意味が分からない音の組み合わせ。しかし音だけは覚えている。自分の中に残る情報とキーの中で、該当しそうなものはこれしかなかった。
「はい、ありがとうございます。問題なさそうですので、申請しておきます。併せて、自死・自傷の懸念も無いと判断しましたので、この部屋の断水を解除いたします」
 そう告げると、若い声は静かに立ち去っていった。
 断水。なぜ? そう考えて、水で出来ることを考えた。洗面台いっぱいにして顔を付ければ溺れ死ぬ。水を極端に摂取すれば水中毒で死ぬ…………
 今まで考えたことも無い事柄であるはずなのに、まるでボタンを押したらお求めの答えが出てくる自販機みたいに、軽やかに生み出していた。

「僕は、僕……。しなければ、ならないことがある」

 最後にあの子が僕の姿をして放った言葉。
 僕に刻む。あの子に会うために。