純白に隠せたなら

 粧し込んだ僕等は、父様と母様に連れられて、初詣に行った。珪の袴姿は惚れ惚れしてしまったし、僕も僕で、英吉利式の洋装に身を包んだ。母様から貰った《何か古い物》としての赤いリボンが、僕の髪を飾る。ある種の御守りでもあり、どんな神仏の物より強く、僕にとってこれ以上ない美しさがあった。
 洗練された背広姿の父様と華やかな着物姿の母様をちらりと見る。二人とも僕の視線に気がつくと微笑んで、母様は額にキスしてくれた。照れ恥ずかしい気持ちと、くすぐったいほどの幸福を感じる。
 改めて、僕は母様に似てると思う。愛に生きる事を良しとして、──きっと、僕の事なんてお見通しの上で──このリボンを僕に譲ってくれた。
 僕の健康祈願にと祈祷した後、家族写真を撮る手筈になっている。気恥ずかしさはあるけれど、同時に愛されているとも実感できる。だからといって、僕が欲張りなのは変わらない。
「ねぇ、クリスマスのパーティー姿も撮りたいのだけど、どうかな?」
 皆に提案すると、困った様に笑われた。撮りたいったら撮りたい! と駄々っ子みたく両手を挙げて大袈裟に言えば珪は僕を甘やかす時に見せる表情になる。
「全く我儘だな。己れのヘイゼルはいつから駄々っ子になったのだ。」
 その言葉を聞いて、僕は悪戯っぽく舌を出した。大急ぎで準備なさい、と母様に言われたのを合図に、僕とシリカは二階に駆け上がる。写真屋さんの都合もあって、撮るのは僕達だけだったけど、それでも満足のいく写りだった。
 僕達の写真は、様々な記念写真達が鎮座する、暖炉の側に置かれた。豪奢な椅子に腰掛ける珪と、その肘掛けへ横向きに寄り掛かる僕は、キネマに出てきそうな出来映えだった。
 因みに、冬休み明けてすぐの試験では、僕が一点勝ちした。小躍りしてシリカを揶揄っていたら、鼻をムギュッと摘まれた。それでも、僕は実際焦っていた。珪に抜かれるのももう直ぐだ。今回はシリカがケアレスミスしただけで、それが無ければ僕は勝てなかったのだから。
 僕はもう、完全無欠でいる必要がないと知ってはいても、背後からピタリとくっ付いてくる不安を受け入れるのは難しかった。
 
 寒さが愈々厳しくなり、大雪に見舞われた。寮員総出で雪かきに駆りだされる事になったけれど、僕は室内で留守番だ。手持ち無沙汰だったので、寮母さんに、夕飯の支度を手伝いたいと申し出た。丁度男手が必要だったのよ! と肩を叩かれ、割烹着に着替えさせられる。
 勝手口の側にある籠に、大量の芋が積まれていた。成る程、確かに男手が欲しくなる事柄だと納得する。厨(くりや)まで運んで欲しいと言われ、足腰を使って担ぎ上げた。洗うのも手伝おうとしたが、身体を冷やすなと散々にシリカが言っているのを寮母さんも知っていたので、その仕事は取り上げられてしまった。代わりにゴミ処理を買って出る事にする。
「宗田君は、身体はどうなんだい。」
「随分良いです。けど、五月女君が大袈裟だから。」
 クスクス笑いながらそう言うと、寮母さんはそりゃ仕方ない! とカラカラ笑う。勝手口の右手側の雪を、長靴で払い除けると、埋もれそうになっていたゴミ捨て用の穴が現れた。燃やせるゴミを放り込んで、竃から火を拝借する。
「雪掻きは難しいだろうねぇ。でも、男の子といえど炊事は出来といて損は無いからね。」
 そう言って、僕に芋を一つ差し出す。苦笑いしながら受け取って、芽の取り方や刃の入れ方を伝授してもらう事にした。
「家政は好きですよ。といっても、真似事に過ぎないですけど。」
 幾らか手慣れた頃に、僕はそう言った。二人の間に、剥かれた芋が山盛り積まれていく。僕が一つ剥いてる間に、寮母さんは二つも三つもこなしていくものだから恐れ入る。
 悴む指先を竃の火で温めながら、外から聞こえる声に耳を澄ませる。雪掻きは終わりに差し掛かっているのか、ちらほら談笑している様だった。
「全く、この大雪の中で燥(はしゃ)げるなんて、皆んな犬コロみたいね。」
「寮母さんは、雪は好きでは無いですか?」
「好きとか嫌いとかじゃないよ。する事が沢山あるからね。」
 まぁでも、と呟いて、寮母さんは窓の外を見る。
「白っていうのはそれだけで清々しいからね。」
 何となく、寮母さんがうら若き少女の頃の瞳をしてると分かった。この人にも、〈この人だけの何か〉があるんだ。それが素直に羨ましい。〈僕だけの何か〉は揃いつつあるけれど、〈何か青いもの〉だけが未だに見つからない。
「さて、芋は大体終わったね。いつもより早く終わって助かったよ。」
 大鍋で湯が沸騰している。その中へざぶざぶと飛び込んでいく歪な丸は、形を変えて僕らの夕食になっていく。
 食物は不思議だ。死んだものである筈なのに、食すと生き生きとした味を齎して、僕らの血肉となる。寮母さんの腕前も、当然あるだろう。傷む前だから、死にたてだから、美味に感じるのだろう。
「あの、寮母さん。」
 何だい、と作業をしながらの返事は機嫌が良さそうな声音だった。大丈夫だ。この人なら、任せられる。
「僕が在学中の間だけ、お願いしたい事があるんです。」
「新しい御飯でも増やせってのかい? 私は生憎、洋食は得意じゃないが、頑張ってみようかね。」
 この人は、ここの寮の母であるお人だ。この人なら、この人なら……。
 
「僕の遺書、預かってくれませんか。」
 
 寮母さんの手が止まった。
 遺書というより、正しくは僕の珪への手紙だ。もし在学中に死ぬ事があったら……寮母さんがこっそりポストに詰めてくれれば良い。死ななければ卒業と共に返して貰えば良い。
「何が起きるか分からない。かといってそんな忌々しい物、寮母さんに押し付けてしまうのも、筋が違うと分かっています。」
 青褪めた顔でこちらを見る、その表情を僕は直視出来なかった。
「僕の父母は、きっと受け取らない。僕のシリカも怒ると思う。でも僕は、誰かに預けなければ、不安で眠れない。」
 ぐつぐつと沸く湯の音が二人の間を埋める。怒られるだろうか。この人も、他の大人の様に、檄を飛ばすだろうか。きっと、それが一番正しい。
 正しいと分かっていても、縋る気持ちは抑えられない。
「……宗田君が、いる間だけで良いんだね。」
 ハッとして顔を上げると、困った様に笑う寮母さんが居た。
「追い詰められた狢(むじな)みたいな顔、するんじゃないよ。」
 知らず知らずのうち、僕は着ている割烹着の腹辺りを力一杯握りしめていた。寮母さんはその手を解して、両手で包み込む。日々の家事で荒れた、優しく温かい手だった。
「預かるだけだからね。それでも眠れない日が続くんなら、ちゃあんと相談しなさい。」
 僕は恵まれている。こんなにも、寄り添ってくれる人で溢れている。
 急激に鼻の奥が突っ張って、耐え切れず泪が溢れた。僕はまともに声が出せず、何度も何度も頷く。男の子が泣くんじゃ無いよ、と言われたけれど、背中をさする様にして抱き締めてくれる寮母さんは、どこまでも優しかった。僕より小さな身体なのに、芯があって頼りになって、奥底の不安が溶けるくらいに温かい。
 
 不意に、僕を呼ぶ声が聞こえてくる。僕のシリカの声だ。遊びの誘いだろうというのは、声音で何となく察することができた。
「ホラ、行ってきな。どうせ雪合戦がしたいとかそんな所さ。手袋してあったかくするんだよ。」
 溢れ続ける泪を袖口で拭って、割烹着を脱いだ。行ってきます! と朗らかに言えば、寮母さんも満足そうな表情で送り出してくれる。
 廊下を駆ける。冷えた空気が流れ込んできて、頬がキンと張る心地がした。
 嗚呼、これで僕は、安心して生きられる! 
 高揚した気分は、僕の身を軽くさせた。二階の自室向かう為、階段を一段飛ばしで登る。
 ふと、踊り場の窓の外に見慣れぬ学生服が見えた。恐らくまだ中学生の男子がきょろきょろとしている。背丈は僕よりもちょっと低いくらい。艶のある黒髪だからか、僕の珪に少し似てると思えた。
「ねぇ、君!」
 窓を開け放って声をかけると、猫が飛び上がる様にして驚いていた。涼しげな目元で、利発そうな光が宿って見える。
「もしかして、受験生かい?」
 驚きで何秒か固まった後、上擦った声で勢いある返事があった。受験まで一月以上あるけれど、何処かに下宿して上京するのは珍しくない。となれば、勉強の息抜きがてら、寮の外観を見学しに来たのかも。
「じゃあ、僕の後輩だ。春に待っているよ!」
「が、頑張ります!」
 そう言って手を振ると、勢い良くお辞儀された。後輩だって! つい先輩面してしまった。きっとあの子は、春になったら僕を探しに来るだろう。春の楽しみが一つ増えた。
 
 部屋に戻り手袋とガウンを羽織って、中庭に面した窓を通る。シリカは身を乗り出して手招きをしていた。
「お待たせ、僕の珪! 僕の出番かな?」
「その通りだ、己れの清陽。雪玉をしこたま渡すから、敵陣に向けて弾丸を喰らわせてやってくれ。」
 成る程。僕を室内に閉じ込めたまま雪合戦に参加させるつもりだな。非常に合理的だ。身体の冷えは軽減されるし、ぶつからなくて済むし、何より投球に集中出来る。
 神憑った的中率を魅せつけた僕の雪球は、後に《女神の投擲》と呼ばれ、僕はまた照れ恥ずかしい思いをした。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 三月となり、春の気配が足元からやってきた。安立先輩たちを送り出した、泪ながらの卒業式。寮長は初めこそ晴れやかな笑顔で応えていたけど、式を終えて寮へ戻るや否や、滝の様な泪を流していた。僕と珪を思い切り抱き潰し、釣られて泣いてしまったのは仕方ないと思う。僕の病気について、本当に心配してくれた。僕があげたマフラアは、彼のシンボルマークになるまで使ってくれた。可愛がってくれた事が嬉しく無いわけがない。
「宗田も五月女も、ちゃんとやるんだぞ。五月女は、この寮の事を任せたからな!」
 シリカは、次期寮長に指名されている。泣き笑いの先輩は、三白眼を赤くして僕等を乱暴に撫でた。
「任せて下さい。先代も、大学での活躍を期待しています。」
「安立先輩、お元気で。愛してます!」
 先輩を今後、寮長と呼ばなくなる事の寂しさは強いが、それよりも煌めく未来がある。
 先輩は、お前らなら安心だワ、と独特の口調でクシャッと笑った。
 〈この人にとっての何か〉に僕自身がなるのは難しいかもしれないけど、僕等と安立先輩とで過ごした日々が、先輩にとって今後の支えになるなら……。
 そこまで考えて、僕は泪を拭う。僕にも未来がある。次こそは応援団になるし、何より後輩達がこれから来る。そうとも、進級試験だってある。クラス分けに反映されるし、何より珪に抜かれる訳にはいかないんだ。
 表に出す事はしなかった。僕の背後にピタリと抱きついた不安は、接地したところからじわじわと黒く侵食していくものに思えてしまう。丸で大きな黒い犬が、僕の背中に爪を立てて、振り返るのを待っているかの様だ。
 
 卒業式から何日か経った朝、僕はシリカに爪を切られていた。父様に頼んでいたネイルクリッパーが手元に届いて、真新しい品物の使い心地を確かめようとしたら、ヒョイと取り上げられてしまった。いい加減、自分で切るからと何度言っても聞き入れてくれず、押し問答の末に僕が折れた。
 整えた髪は若干乱れてしまい、直す気力も湧かなかった。
「クラス分け、かぁ。」
 珪の髪の毛も乱れてるけれど、すこぶる機嫌が良さそうだった。鼻歌混じりのシリカは愛らしい。これから始まる試験について、緊張している様子は無かった。
「二年生からどの道、別のクラスになってしまうね。」
「幾つかの授業では同じになる。そう気を落とすな。」
 ぱちん、と軽快な音が鳴る。軽い力で切る事が出来、かつ怪我の心配もぐんと減る代物だというのははっきり分かる。シリカは僕の爪を撫でて切れ味を確認していた。
「ふむ。確かに便利で楽に切れるが、喰切と比べると切れ味は今一つだな。」
 何往復か撫でられると、何となく引っかかりを感じる。恐らく、刃物は日本製に限るとか何とか、そんな事を考えているのだろう。
「僕は整えば何だって良いし、良い加減この習慣を絶ちたいのだけれど。」
 スッと手を引き抜いて、もう片方の手を差し出す。決してシリカに切ってもらうのが気に入っているとかではない。こうでもしなきゃ、また押し問答が始まるし、楽しそうにする僕の珪が見られるなら、まぁ妥協できると思っただけだ。
「己れとしては、ヘイゼルは何が気に入らんのかさっぱり分からんな。」
「僕からしてみれば、シリカが何を気に入ってしまったのかさっぱり分からないよ。」
 軽口を叩きながら、弾ける音を聞く。呆れてしまうが、僕のシリカが可愛らしいから、無碍に出来ないと思ってしまう僕も大概だ。そんな事を思いながらジッと切りたての爪を眺めていると、珪が僕を抱き寄せ、額に手を添える。ほんの少し吃驚したけれど、珪の掌が気持ち良さに甘えてみる。
「微熱、ほどでもないか。」
「ほんのちょっと怠いくらいさ。」
「今日の診察できちんと見てもらえ。呉々も無理はするなよ。」
 分かっているとも、と笑うとシリカはやや怪訝な顔をする。曰く、コロンとは違うやや骨に染みる様な匂いがするという。
 何も付けてないと言うと、シリカは首を傾げながら僕の首筋辺りを嗅いで、額に口付けてくれた。
 不安がないと言えば嘘になる。心当たりがあると言っても、大袈裟になる。
 『僕の与り知らぬところで、何か──……。』
 背後に居る黒い犬から目を背け、珪の頬へと接吻を返した。
「負けないからね。可愛い僕のシリカ。」
「今度こそ泣きを見せてやるからな。愛しい己れのヘイゼル。」
 部屋から出れば、互いに好敵手の貌付きとなる。
 未来の為に、僕は今日の試験も全力で解くと心を切り替えた。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 先生の号令でもって、試験が終了する。それと同時に湧き上がるのは、クラスメイトの歓喜や無念による声だった。
「終わった!」
 当然、僕や珪は歓喜のほうだ。ミスらしいミスは無い。見直しや自己採点しても時間が余ったくらいだ。はっきり言って、自信がある。
「また採点が楽しみだね、僕のシリカ。」
「体調が優れなかった事は言い訳にはならないからな、己れのヘイゼル。」
 五十音順の席なので、前に座っていたシリカを挑発すると、負けじと応戦して来た。珪も自信があるようだ。如何に正解するかよりも、如何に誤りを減らすかで競い合うところまで僕達は来てる。鎬を削り合うというのはきっと、こういう事を指すのだろう。
 騒がしい教室内は、色んな様相だった。項垂れている奴はきっと悔いが残る結果なのだろう。放心状態にある奴は……春休みの補講で救済される対象になるのかもしれない。騒々しいこのクラスとも、今日でお別れになると思うと淋しいものだ。
 修了式を終え、成績表を受け取り(当然、僕達は全て良であった)荷物を纏める。試験が終わった解放感もあってか、街に遊びに行こうとクラスメイトに誘われたが、生憎通院があると伝えて教室を後にした。
 嗚呼、春がやってくる! 窓の外の桜は蕾が付いている。
 来月からはひとつ下の階になるし、僕達は先輩と呼ばれる立場となり、後輩が入学してくる。大雪の日に声を掛けた、珪と少し似てる子もきっと受かると確信していた。自惚れるならば、《翡翠の天使》の加護があるのだもの。
「僕らも、とうとう二年生か。楽しみだね、五月女寮長。」
「揶揄うな、まだ本決定では無いのだからな。」
 擽りながらじゃれつくと、珪は満更でもない貌をした。僕の珪が寮長だなんて、鼻が高い! 生徒の規範となる存在で、皆を率いる長として認められているようなものなんだ。自らなろうと思ってなれる立場でも無い。(だから、安立先輩だって凄い人だ。)
 学帽を被り直して、調子外れな唄を口ずさみながら下駄箱へ向かう。今日はこれから何をしよう。父様と母様に成績表を見せたら、また過剰に褒められたりするだろうか。でも外食はしたい気分だ。父様の都合次第だけれど、ねだってみようかな。
 そんな事を考えていると、不意に耳詰まりが起きる。自分の鼻歌がこもった音になった。
「……あれ?」
 半靴を取り出した手に力が入らない。それどころか、周囲が急激に霞んでいく。膝が磁石が反発するみたいにグネグネして、思わず身体を棚に預けてしがみついた。
「己れの清陽、大丈夫か。」
 変だ。妙だ。眼の疲れだけで、こんな風にはならない。珪が真隣に居るのに、声が遠い。身体を支えてもらう感覚はしっかりとあるのに、……。
「ありがとう、僕の珪。変だな、……力が、入ら無、い……。」
 そう言っている間にも、僕の世界は様相を大きく変えていく。
 嗚呼、まさか! 身体に入り込んでしまった! 
 合点がいってしまうと、手足や唇から熱が消えていく。明瞭さを欠いた世界は輪郭を亡くして、何処を見たら良いかすら分からなくなる。
「おい、しっかりしろ!」
 シリカの声だけが、遠くから聞こえる。揺すられる感覚に向かって手を伸ばそうとしても、もう腕は上がらなかった。
「嗚呼、嗚呼……! シリカ、どうしよう……!」
 言葉になったか分からない。只々、襲い掛かる大波に怯えるしか出来なかった。丸で磨り硝子越しに外を眺めている状態だ。それか、日があまり差さない海中に放り込まれた様だ。
 シリカが何か叫んでいる。多分、僕の事を呼んでいる。ぼやけていても、シリカも僕の変化が何によるものかを理解し始めている。
 とうとう自力で立てなくなって、僕のシリカに抱きとめられた。大きく仰け反った状態から起き上がることも儘ならなくなっていった。
「嗚呼。僕、……僕の、身体が……。」
 中から喰われていく。黒ずんでいく。僕の身体が、僕のものではなくなっていく──。
 周囲のどよめきを感じ取ることは出来ても、僕は目を開ける事さえ叶わなかった。僕のシリカが大慌てで、僕を担いで走り出してる。揺れと温もりを漫然と手繰るが意識が途中から飛び飛びになっていく。
 
「助けてくれ! 先生、助けて下さい!」
 血を吐く思いで叫ぶ、僕のシリカ。
 その声だけは矢鱈とはっきり聞こえ、それと同時に僕は悟った。
 
 嗚呼、嗚呼。僕は。
 
 僕は追い付かれたのだ。